中央山 父島の背に乗って
(写真:父島最高峰 中央山の山頂)
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みなさん、こんにちは。
( ´_ゝ`)ノ
新型コロナウイルスの影響で、外出を自粛する日々。
我慢の時期が続きますが、皆で力を合わせて頑張りましょう!
そして一日でも早く、自由な日常が戻ってきますように。
その願いを込めて、過去の旅の記録を綴っていきたいと思います。
ということで、昨年6月の父島縦走の旅の続きです。
前回は大村海岸を出発し、宮之浜から鉤浜(かぎはま)までの旅を書きましたね。
前回の旅はコチラ⇩
縦走の全体像を改めて紹介します。
鉤浜からは再び海を見下ろす稜線に出て、長崎展望台へ。
その後、父島の背ともいえる夜明山から中央山への山地部を南下します。
海を見下ろす稜線の道
鉤浜に到着したのは6時25分。
宮之浜が明るく開けていたのに対し、鉤浜は荒涼とした雰囲気。
5時15分に大村海岸を出発してから1時間少々。
まだまだ元気いっぱいなので、しばし浜辺で佇んだのちにすぐに出発
ジャングルのような道を登り返し、再び舗装道まで戻ります。
するとすぐに、長崎展望台へと続く登山道の入り口を発見
さあ、ここからはどんな風景が待っているんでしょう。
期待に胸が高まります。
地図を見るかぎり、ここから長崎展望台までは、今回の旅で最も景色の良い箇所。
もちろん植生にも左右されますが、きっと絶景が望めるはず!
(*´ω`*) わくわく・・・
5分ほど登ると、稜線に乗ることができました。
しかし予想に反し、低い木々に覆われて眺望はありません。
(’・_・`)・・・
いや、まだまだこれからだ!
気を取り直して先へ進みます。
すると、急な登りが出現
なかなか急です。
階段らしきものはあるけれど、あまり役に立ってない。
登り続けていると、なにやらピークらしき地形が見えてきた。
植生もまばらになってきました。
ここを登ると、見晴らしがよくなりそうだ。
登り切ると、こんな風景。
急な崖の向こうに、狭い海峡を挟んで兄島が!
((゚∀゚) おおー!
兄島は父島のすぐ北に浮かぶ島で、人は住んでいません。
荒々しい岩山が連なるその姿は、「世界の果て」の魔法島みたい。
行ってみたいなぁ・・・
振り返ると、一番奥に今朝出発した大村の街が見えます。
そして進む方向には、期待通りの眺望が!
海を見降ろしながら、稜線の道を進みます。
目まぐるしく変化する風景は島トレイルの醍醐味です。
ほんの数10分前まで、ジャングルと浜辺だったのがこの変化!
進むのが惜しくなるほど、素晴らしい道でしたよ。
島のダイナミックな稜線
兄島を左に見ながら進んでいくと、正面に山が見えてきました。
よく見ると、山腹に沿ってうねうねと長い階段が伸びています。
まるで蛇が絡みついているようだ。
しかも、結構急な登りです。
小さな島なのに、なかなかダイナミックな地形だなぁ・・・
やがて平坦な尾根道は終わり、岩が露出し始めます。
いよいよ、本格的な登りになってきました。
左手側は急峻な崖が海に落ち込んでいます。
気をつけなくては。
標高は低いのですが、海に囲まれているせいか高度感を感じます。
さらに登っていくと、階段が見えてきました。
これがあの蛇のように見えた階段だな。
この階段はなかなか急です。
振り返って見ると、こんな感じ。
なかなかいい角度でしょ。
少し息を切らせながら登り切ると、再び眺めの良い道にでます。
兄島の姿はいつしか後方に去り、広大な太平洋が目の前に。
海は本当に広いなぁ。
こんな広大な水の上に、陸地が突き出ていることが不思議に思える。
やがて道は下りに変わります。
階段の向こうには舗装道が見える。
この美しい稜線歩きも終わりのようです。
舗装道に出る直前に、長崎展望台はありました。
時間は7時15分。
ちょうど出発から2時間経ちました。
お腹もすいたので、ここで少し休憩。
ザックからパンを取り出して朝食にします。
山から海を眺めて食べる朝食は、気持ちいい!
この広大な空間に、たった一人しかいないという贅沢を噛み締めます。
父島の背を歩く
長崎展望台を下ると、すぐに舗装道に出ました。
「夜明道路」と書いてあります。
この先にある夜明山(よあけやま)にちなむものでしょう。
道の先には父島最高峰の中央山がありますが、敢えて「夜明」と名付けるのが憎い。
夜明の道路のほうが、何となくロマンを感じますもんね。
この道は、父島の背骨を通る山地沿いの道路になっています。
ということで、ここから先は夜明道路を南下。
さすが南国、周囲にはエキゾチックな木々が。
大きな電波望遠鏡もあります。
これは国立天文台の小笠原観測局です。
大きいなぁ・・・
天文台を過ぎてさらに進むと、少し開けた場所に出ました。
夜明山と書いてある。
平坦な場所で山らしくないですが、山頂は右手の森の中にあるようです。
父島は全体が世界自然遺産なので、歩道として整備された場所以外の立ち入りはできません。
さらに道路を進むと、前方にドームを備えた施設が見えてきました。
何だか秘密基地みたい。
悪の組織ではありませんよ。
ここはJAXA(宇宙航空開発機構)の施設です。
種子島宇宙センターから打ち上げられたロケットの飛行状況などを追跡するらしい。
何だかスケールの大きい話ですね。
ところで、次第に朝の涼しさが去り、日差しが強くなってきました。
時計を見ると8時20分。
6月とはいえ、父島の日差しは暑い。
少しだけ道路脇の日陰で休憩します。
父島の最高峰 中央山
10分ほど休むと、再び元気が戻ってきました。
JAXAを後にしてさらに20分ほど進むと、道路が分岐している場所に到着
道路の左側には「中央山」との標識が。
右の細い道はどうやら中央山の山頂に通じているようです。
もちろん、登りますよ。
登山道に入ると、これまでの舗装道とは一転、木々に覆われた山道に。
暑い日差しが遮られて、涼しくて気持ちがいい。
やっぱりトレイルはいいな。
5分ほど登ると、トンネルの出口が見えてきました。
そして、トンネルを抜けたその先に・・・
一面の空!
(*´Д`) 広い!
父島最高峰、中央山、319mの山頂です。
時刻は8時50分でした。
海から爽やかな風が吹き渡っていて、思わず叫びたくなる!
気持ち良く開けた山頂を、さらに奥に進みます。
進むにつれ、太平洋が全周を取り囲むように姿を現してくる。
山頂の南端に、展望台がありました。
展望台に登り、来た道を振り返ると、出発点の大村海岸が湾を挟んで見える。
もうあんなに遠い。
その向こうには限りなく広がる太平洋。
さらに、はるか向こうには日本があるはず。
水平線は緩やかに弧を描いていて、地球の丸さを感じます。
展望台の南側を見ると、岩肌を露出させた山塊が。
縦走旅の目的地、ジョンビーチはこの山の向こう。
まだまだ先だ。
ワクワク感を胸に、旅を続けましょう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回も父島縦走の旅の続きを書きますね。
それでは、また。
(^ω^)ノ バイバイ
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さあ父島縦走の旅へ
(写真:父島北部、宮之浜沿いの道)
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みなさん、こんにちは。
(=^ω^)ノ
新型コロナウイルスの影響で、閉塞感のある日常が続きますね。
ここは皆で心を一つにグッと我慢!
せめて過去の旅に思いをはせましょう。
ぜひ一緒に旅を楽しんでください。
前回の記事は、ほぼ父島の紹介とグルメ旅で終わってしまいました。
ということで、いよいよ父島のトレイル旅本編の開始。
2019年6月23日の旅です。
前回の記事はコチラ⇩さて、父島のおさらいです。
父島は東京の南方約1000kmの太平洋上に浮かぶ島で、その面積は約24㎢。
南北に長く、その大きさは周囲約50km、南北に約15km。
形は何となく恐竜に似てる?
最高点は中央山の標高320mとさほど高くはないものの、地形は全般的に急峻です。
島の中心部は北部の二見湾に面した大村という場所で、東京と父島を結ぶ定期船「おがさわら丸」もこの港に着きます。
ぼくの滞在した宿も大村にありました。
旅のルートはこんな感じ。
(国土地理院HPの地図データをもとに作成)
まずは、宿のある大村海岸からスタート、山沿いに父島最北部の宮之浜を目指します。
三日月山は先に下見を兼ねて訪れたので、今回はパス。
宮之浜から海沿いの稜線に登り鉤浜(かぎはま)へ。
さらに再び海沿いの稜線を経て長崎展望台まで進みます。
ここから先は父島の主稜線となりますが、登山道はないために道路沿いに南下。
父島最高峰の中央山を経て、扇浦(おおぎうら)の海岸へ下る。
扇浦からは引き続き道路沿いにコペペ海岸へ。
コペペ海岸以降は海岸をつなぎながらジョンビーチまで進みます。
ジョンビーチは一般人が立ち入れる父島の南限となっており、この先は道がないために再び北上し、バス停のある小湊海岸まで戻り旅は終了。
だいたい20kmぐらいでしょうか(適当)
朝の静けさを後に
この日はだいぶ早起きをしましたよ。
朝 4時に起き、5時15分に大村海岸を出発。
父島一番の目抜き通りですが、まだ人影はありません。
6月とはいえ父島は暑いですが、早朝は涼しい空気で満たされています。
気持ちいい!
今日はきっと良い日になるぞ!
そんな予感を感じながら、大村海岸を出発。
まずは三日月山方面へ向かいます。
やっぱり、山容がトロピカルですね。
まずは舗装道を登っていきます。
途中、道端にカニを見つけました。
振り返ると、朝の大村海岸と、その向こうの山塊が見える。
険しい山と海に囲まれた港町は、物音ひとつない静けさ。
まるで息をひそめて、何かを待っているような様子でした。
まるで外国 宮之浜
大村海岸を背にして、このまま三日月山方向へと舗装道を登っていきます。
途中、分岐がありました。
ここを左に曲がると三日月山へ、まっすぐ進むと宮之浜へ向かいます。
三日月山展望台は前回の記事の通り事前に登ったので、今日はまっすぐ宮之浜へ。
ずっと幅の広い舗装道が続きます。
この緩やかなカーブを登り切ると、今度は北に向かって道が下り始めます。
道の両脇は木々がで覆われ始め、その間から、わずかに海が見えできました。
ここを下り切れば宮之浜です。
さあ、海だぞー!
足を速めて進んでいくと、程なく海岸への入り口に到着
宮之浜の海岸です。
穏やかな朝の海は、波音も聞こえないくらい凪いでいました。
海から伸びている轍のような痕は、もしかしたらウミガメかな?
人の気配は全くありません。
広々とした砂浜に沿って、南洋風の道が伸びています。
ここを抜けると、まるで外国のビーチのような風景が。
青々とした芝生に、ヤシの木。
気持ちいいなぁ・・・
ここで一休みしてビールでも・・・
しかしまだ時刻は5時45分。
グッとこらえて先へ進むと、浜辺に沿って桟道が作られていました。
これはワクワク感たっぷりの道!
道の先は、岩場の先に続いていて、そこから登りに変わっています。
結構、急な登りだ。
振り返ると、こんな感じ。
崖を登ると、宮之浜が一望。
まるで箱庭ならぬ、箱海のよう。
さて、次は鉤浜(かぎはま)へと向かいます。
島のトレイルの醍醐味とは
ここから鉤浜へは、海に沿って延びる尾根を西に進みます。
まずは、松の落葉に覆われたトレイルを歩く。
まるで、糸が絡まっているかのような松の枯葉
予想に反し良く整備された道で、道標もしっかり立っています。
鉤浜の入り口までは0.7kmと書いてある。
すぐそこなんだ。
松の林を抜けると、今度は海を見下ろす稜線歩きに。
海のほうから、涼しい風が吹いてくる。
しかし、すぐに舗装道に出てしまいました。
残念、と思っていたら、舗装道の脇に何やら怪しげな入口が。
まるで樹木のトンネルのよう。
樹木が鬱蒼と生い茂っていて、暗い。
これまでの景色とは異なる雰囲気がありますね。
少しドキドキしながら、中に入っていきます。
まるでジャングルだ。
エキゾチックな植物が、手を伸ばすように枝を広げている。
まるで道を塞ごうとしているかのようです。
さっきまでの稜線歩きが嘘のように、どんどん密林へと入っていく。
10分ほど下ると、少し開けてきた感じが。
海はもう近いのでは?
次第に潮の香りが感じられます。
微かだけれど、波音も響いてきて、
そして、突然視界が開けて・・・
( * ‘ ∀‘) 海!
密林から、いきなり広々とした海岸に放り出される開放感。
このダイナミックな風景の変転は、島トレイルの醍醐味です。
樹木のトンネルを抜けて海に出る感覚は、どことなく胎内巡りに近い。
まるで、生まれ変わったかのような感じです。
過ぎ去った時の重み
しかも、この鉤浜は先ほどの宮之浜とは違い、どことなく荒涼とした雰囲気
白骨にも見える流木が、ガレた浜辺に何本も横たわっています。
湾を取り囲む地形も、何となく異世界感があるような・・・
よく見ると、崖の所々に、なにやら人工物がありました。
これはもしかして・・・
銃眼ですね。父島は地上戦こそなかったものの、太平洋戦争時は本土防衛の要衝として、要塞化が図られていた土地です。
なるほど、時々引き締まった空気を感じるのはそのためかも。
来る日も、来る日も、銃眼越しに海を見つめていた兵士の心境はどのようなものだったのでしょう。
ぼくはその気持ちを知る由もありませんが、こうしてトレイルの旅を楽しめる幸せを噛み締めます。
しばし父島の往時を想像し、過ぎ去った時間の重さを感じていました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回も父島縦走のトレイルの旅を続けますよー
次回の旅はコチラ⤵
それでは、また。
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旅はつづく 父島のトレイルへ
(写真:父島南部の中山峠)
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みなさん、こんにちは。
(^ω^)
お久しぶりです。
「関東ふれあいの道一周」の記事が完結して3週間。
旅が終わった今、このブログをどうするか。
これで終わりにすることも一案。
ですが、この世界には、まだまだ行ってみたいトレイルがたくさん。
旅が終わったその瞬間から、次の旅へのあこがれが募ってきます。
ということで、引き続きこのブログでは、様々なロングトレイルの旅を紹介していきたいと思います。
どうぞこれからも、一緒に旅をしてくださいね!
(*´ω`*)よろしくお願いします!
ということで、新たな旅を続けましょう。
ます最初は、2019年の初夏に旅した父島のトレイルのお話をしますね。
父島とは?
皆さんご存知の通り、父島とは小笠原諸島に位置する島。
東京より約1000km南方の太平洋上にあります。
(国土地理院地図をもとに作成)
父島はその近くに所在する兄島・弟島などと父島列島を構成しています。
その南には母島があり、同じく姉島や妹島と母島列島を構成。
なるほど、男グループと女グループなわけですね。
さらに、父島の北には聟島(むこじま)があって、嫁とともに聟島列島を成している。
これは外様グループということかな。
父、母、兄、姉、弟、妹、姪、聟、嫁の9人でなかなかの大家族。
ただし、父母以外は全て無人島です。
父島の人口は2,167人ですが、日本全体の少子化をものともせず、なんと年々増加中!
(2020.2.1現在。小笠原村発行の『村民だより』より。ちなみに2010.2.1は2,033人、2002.4.1は1,914人)
それもそのはず、父島には人を惹きつける魅力がたっぷり。
のどかな環境に加え、豊かな観光資源に恵まれています。
美しい海はもちろんですが、険しい断崖と荒々しい山々もある。
なにしろ、この島々は歴史上一度も大陸と繋がったことがない真の海洋島。
そう聞くだけでワクワクしませんか。
父島の面積は約24㎢。
千代田区の2倍少々の大きさです。
島の北側にある二見港を囲んで大村の集落があり、そこが島の中心部。
大村の北西に三日月山、島の中央部を縦断するように夜明山、中央山、躑躅(つつじ)山と連なっていて、島の南部は人の住まない山地になっています。
いざ父島へ
2019月6月のこと、機会あって父島に行くことができました。
これは嬉しいっ!
どうやら滞在間、自由な時間が1日取れそうです。
とすると、父島縦断のトレイル旅ができるかもしれない!
気持ちの中は、一気に盛り上がり始めます。
( * ´Д`) わくわく!
ということで、東京の竹芝桟橋から「おがさわら丸」に乗船。
父島、母島には空港がなく、船が唯一の交通手段です。
「おがさわら丸」は週1便の定期船で、父島への所要時間はおよそ丸一日。
母島へは、父島からさらに「ははじま丸」という別の船に乗り替えます。
意気揚々とレインボーブリッジをくぐり出発!
船の旅はいいですね。
なんだか冒険に出るみたいじゃないですか。
そうこうするうちに、船はどんどん進み、いつしか東京湾を出て外洋に。
ずいぶん長い時間が経ったと感じたころ、水平線に島影が見えました。
八丈島です。
海面からそそり立つ八丈富士の姿が美しい。
いつか歩いてみたい山容です。
さらに長い長い船旅は続く。
夜を跨ぎ、翌朝。ようやく父島の姿が近づいてきました。
(= ゚ ∀ ゚) おおーっ!
太平洋から突き上がる荒々しい山塊!
改めて気持ちが盛り上がってくる!
早く上陸したいぞーっ!
と、焦る気持ちをよそに、船はのんびりと港に入っていきました。
港の背後にも険しい稜線が見えます。
心躍らせて上陸すると、まるで外国のような街並みが。
色彩が鮮やかですよね。
教会もありました。
港のそばには、広々とした公園が。
もちろん、太平洋戦争の後、1968年まで米国の施政下だったことも街の雰囲気に影響しているでしょう。
しかし、このナチュラルな異国感は、沖縄とはまた違った空気です。
無人島だった父島に住み着いた最初の住民は、アメリカ人のセーボリー一家であり、明治になるまでは欧米系の家族が定住していたことに理由があるのかもしれません。
ぼくが泊まった宿のおばさんも、その最初の父島住民の血を引くのでしょう、見た目は金髪で彫の深い白人そのものでした。
そんな感じで、どこの国にも属さない不思議な異国感が日常として根付いているのかもしれませんね。
ところで、上陸したら、すぐにお昼ごはんです。
父島の名物料理定食を頂きました。
メインは「島寿司」!
一見マグロのようですが、白身魚を醤油やみりんで漬け込んであります。
ワサビではなくカラシで食べるのですが、旨かったですよ!
そして、「アカバ」と呼ばれる赤魚の味噌汁。
島野菜の天ぷらも美味しかった。
天ぷらの下にある里芋のようなものは、実はウミガメの卵です。
濃厚な味わい。
これは本当に美味しかったなぁ・・・
(*´Д`) ハァ・・・
街の中心の公園ではお祭りが行われていて、子供たちが踊っていました。
とにかく、子供たちや若い夫婦の姿が多かった!
やっぱり人口が増えている土地は、若々しさがありますね。
無国籍風の雰囲気に、若いエネルギーが合わさって、とても開放感あふれる空気が満ちています。
街の北西側には三日月山という山があります。
トレイルの旅に先立ち、下見も兼ねて登ってみました。
山の展望台までは車の通れる舗装道が続いています。
その途中、港の全景が見降ろせました。
まずは三日月山の登れる限界まで進みます。
断崖が所々にそそり立っている。
やがて、父島中央部を貫く稜線が望めました。その奥の稜線は兄島です。
この稜線に沿って旅するんだ。
そう考えると、胸が高鳴ります。
この高台でしばし旅に思いをはせた後、展望台へと下りました。
この広々とした場所で少し休憩。
やっぱり、海は広いなぁ・・・
水平線の向こうには何があるんだろう、否が応でもそう思ってしまう。
映像やネットで、世界の果ての出来事でも即時に知ることができる時代だけど、水平線の向こうに未知なるものを探そうとするのは、人間の本能のようなものだなぁ。
この好奇心や憧れは、たとえどんなに技術が進んでも消すことはできない。
そんなことを考えながら、日が暮れかかるまで海を見ていたのでした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は父島のロングトレイルに出発。
次回の記事はコチラ⇩
ぜひ一緒に父島を旅してみてください!
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さよならふれあいの道
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みなさん、こんにちは。
(= ´ ω ` )ノ
とうとうこの日が来てしまいました。
関東ふれあいの道一周、4年9ヶ月に及ぶ旅の終わりです。
前回は、陣馬山から高尾山までの旅を書きましたね。
前回の記事はコチラ⇩
今回は、高尾山を後にして小仏城山に戻り、東京編の最後のルート「湖のみち」に入り、大垂水峠を経て三沢峠へ。
ルートの詳細はコチラ⇩
三沢峠で、関東一周の輪が閉じることになります。
そして最後は、関東ふれあいの道の終起点となる梅ノ木平で、長かった旅は終わり。
その時、どんなことを感じるんだろうか。
嬉しさか、それとも寂しさか、はたまた全く別の感情か。
ともあれ、まずは旅を続けましょう!
高尾から大垂水峠へ
雨が降り続く高尾山の山頂
四阿ですこし休んだ後、再び小仏城山に戻ります。
モミジ平を通らずに巻き道を使いました。
どうです、高尾山にもこんなワイルドな道がありますよ。
一丁平を過ぎ、小仏城山の手前あたりから、また雨が強くなってくる。
雨に視界が煙ります。
再び小仏城山に登りましたが、やはり人影はありません。
時刻は9時40分でした。
さて、ここからいよいよ東京最後のルート、そして、ふれあいの道一周の最後のルートとなる「湖のみち」に入ります。
山頂を少し下ったところにある分岐を、大垂水峠の方向へ。
曲がったとたん、整備された高尾の登山道とは違う雰囲気が。
まずは急な下りを進みます。
足もとが滑りやすいので、気をつけて行きましょう。
下り切ると、今度は急な登りに変わる。
少し雨が止んだよう。
森の中が明るくなってきました。
さらに進むと再び下りとなり、沢沿いの道に。
このまま沢沿いに進んでいくと、舗装道が木々の隙間に見えてきました。
鉄の手すりがつけられた階段が続いています。
この階段を下り、10時30分に大垂水峠に到着。
少しづつ、残りの道が少なくなっていく。
終点まで、あと8kmほどでしょうか。
一周の輪はつながった
峠に架かる歩道橋を渡り、先へ進みましょう。
この先が、関東一周の輪が閉じる三沢峠へと通じる道です。
※この先はその後崩落で通行止めとなりました(2020.3現在)。通られる際は最新の情報を確認ください。
歩道橋を渡ると、まずは大洞山への登りです。
それほど大した登りではありません。
すぐに山頂に到着。
すでに雨はやみ、気温が上がってきました。
暑いのでここでレインウェアを脱ぎます。
気温が上がってきたせいか、ガマ君も表に出てきましたよ。
(カエルが苦手な人はサッと写真を飛ばしてください)
誰かに踏みつぶされないようにね。
ガマ君に別れを告げて、先へ進みます。
なだらかに続く尾根を三沢峠へ向かいますよ。
残り少ない道のりを、愛おしむように、刻みながら進みます。
三沢峠まで、あと2.9kmの標識が立っていました。
あと、たった2.9kmで関東一周の輪が閉じる。
関東ふれあいの道は全1800km。
ぼくは全踏破ではなく一周しただけですからもっと短い距離です。
1500km弱ぐらいかな。もう少し短いかな。
それでも、残り3kmで一周!
これまでの遠い道のりの記憶が次々に蘇ってきて、なぜか心が乱れます。
何だか感無量になってきましたが、まだ早い。
ぐっとこらえて先に進みましょう。
ここからは西山峠を経て三沢峠に出る津久井湖沿いの尾根道です。
途中、見晴台という場所に出ました。
晴れていれば、ここから東京・神奈川県境の津久井湖が一望できますが・・・
今日はこの通り何も見えない・・・
4年7ヶ月前、第1回目の旅で見た津久井湖はこんな感じでした。
(写真を撮った場所は違いますが)
今日も津久井湖が見れると良かったんですが。
第1回目の旅の記憶がある場所まで出現し始め、いよいよ旅も終わりです。
そして三沢峠の手前、西山峠に到着
標識には、三沢峠まで1.2kmとあります。
さぁ! 関東一周まであと1.2km!
目と鼻の先です!
そしてとうとう、下りの先に、何やら記憶のある場所が。
木々に囲まれた広場と、その脇にある案内板!
もしかして、ここが三沢峠!
(*´Д`) 三沢峠だ!
その時、慌てて下り降りようとするぼくを、MさんとHさんが引き留めます。
「目をつぶって、ちょっと待っていて」とのこと。
そう言い残し、2人は先に峠に下っていく。
「いいぞー」
と声が聞こえてきたので目を開くと、
何と、2人がゴールテープを張って待っていてくれています!
嬉しかったなぁ・・・
実は、少し涙が出てしまいました。
一周できたことも嬉しかったし、一緒にそれを喜んでくれる友がいることも嬉しい。
とにかく、嬉しかった。
カッコ悪いので涙は隠し、満面の笑みでテープを切らせてもらいました。
そして、ふれあいの道の道標の前で、記念写真。
本当に嬉しかったよ。
ありがとう友よ。
さよならふれあいの道
これが4年9ヶ月前の同じ場所の写真です。
これが第1回目の関東ふれあいの道一周の旅。
最初の旅はコチラ⇩
とうとう、一周の輪がつながりました。
始めた時は、正直言って自分でも一周なんかできないと思っていた。
冒険や挑戦は、「スゴイ」人たちだから許されるものと思っていた。
もちろん、関東一周はそんなすごい冒険ではないけれど、ぼくのような一般人にはそれすら無理だと思っていました。
体力や山の経験だって自慢できるものはないし、仕事だって忙しい。お金だってない。
そんなぼくでも、少しづつ続けて行けば、自分なりの冒険ができた。
誰にでもできる冒険。
冒険や挑戦は誰にでもできる、それを確かめたかったのがこの旅でした。
そして、それを馬鹿にせず、喜んでくれる人がいた。
ぼくにとっては、それがとても嬉しかった。
旅を始めた時の思いはコチラ⇩
あとは、ふれあいの道の終点、梅ノ木平へと向かいます。
この沢沿いの道、とてもよく覚えています。
ほどなくすると、森を抜けて里に出る。
いつもと同じです。
幾つも山を越えて旅をして、そして人里に出た時の、あの懐かしい雰囲気。
このホッとする感じを、何度繰り返したことでしょう。
この道標もよく覚えている。
この細道を抜けたところが、旅の終点、梅ノ木平バス停です。
見えてきました。
道ばたの大きな木と、その下に立つふれあいの道の道標。
そして、道標の背後の木に、無造作に取り付けられたこの説明板。
ここは「関東ふれあいの道」の起終点 梅ノ木平です。
そう書いてある。
確かにそう書いてある。
ぼくは万感の思いを込めて、この文を読みました。
「高尾山、奥多摩、秩父、妙義山、大平山、筑波山、霞ケ浦、九十九里浜、房総、三浦半島、丹沢などを結んでいます」と書かれている。
何気なく列挙されているこれらの地名は、ぼくにとっては何と重いことか。
三浦半島の荒磯、熱中症になった房総の深い山、海を見ながら歩いた九十九里、行けども行けども続いた霞ケ浦、日が暮れた筑波連山の尾根、栃木の古い街並みと大平山神社、奇岩に圧倒された妙義山、歴史と眺望の秩父の低山、奥多摩の豊かな沢と滝。
どの旅も鮮明に覚えています。
そしてここに挙がられていないけれど、どの山も、海も、里も忘れられない。
その記憶はぼくのなかで、今も悠久に流れる美しい時間です。
何とすばらしかった4年9ヶ月。
本当に幸せな旅でした。
ともあれ、これでぼくの長い旅は、ひとまず終わった。
さよなら、ふれあいの道!
これまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
そして、ブログを通じ一緒に旅をしていただき、とても感謝しています。
次の旅もまた、ぜひ一緒に旅してください!
それでは、また!!
(*´ω`*)ノ バイバーイ!!
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そして高尾 雨に煙る山頂
(写真:「鳥のみち」雨の高尾山山頂)
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みなさん、こんにちは。
(^ω^)ノ
関東ふれあいの道一周、最後の旅の続きです。
前回は、浅間峠から和田峠を経て、陣馬山に登ったところまで書きましたね。
前回の記事はコチラ⇩
今回はその続き、陣馬山から景信山を経て高尾山へ登るところまで書きますね。
ルートの詳細はコチラ⇩
それでは、旅を続けましょう!
夕暮れの尾根を行く
ロングトレイルの旅を始めるきっかけとなった陣馬山へのハイキング。
その記憶を振り返り、陣馬山のシンボル「白馬の像」を眺めしばし感慨にふけります。
次にこの像を見るときは、今日この日の記憶も加わるんだろうな。
そう思いながら、白馬像から離れました。
陣馬を立ち去る前に、山頂下の売店に寄ってみる。
今日の夜に備えて、缶ビールを買っておきました。
店のおじさんに最新の天気予報を聞いてみます。
残念ながら、朝の予報から変わっていませんでした。
天候は下り坂で、明日未明からは雨が降るとのこと。
空を見上げると、さっきよりも明らかに雲量が増え、雲高も低くなっています。
白馬像を見上げていた時は、青空のほうが多かったのに。
これは予報よりも早く崩れるかもしれない。
少し先を急ぐことにします。
陣馬から高尾山に連なる尾根線は、人気のハイキングルート。
道も広く、よく整備されていて歩きやすい。
こういった豆知識の表示も、いたるところにあって楽しいです。
陣馬を後にして30分ほど進むと、なにやら小屋が見えてくる。
ここが明王峠です。
茶店なのですが、ぼくはここに人がいるのを見たことがありません。
きれいな上着も壁に掛けられているので、たまたま人のいない時にぼくが訪れていると思うのですが、なんだか不思議。
ここから今日は野営地に向かい終了です。
まずはビールで乾杯!
そして肉!
(*´Д`) ウマー
ぼくは一人旅が基本なのですが、やはり食事はワイワイやるのが楽しいですね。
久しぶりに会ったということもあって、日が沈んでも話は尽きない。
そしていつしか夜は更けて、それぞれのツェルトに帰ります。
いい一日でした。
おやすみなさい。
ホラー映画のよう景信山
未明より雨の予報でしたが、降り出しはそれよりも早くやってきました。
真夜中、ふと目を覚ますとツェルトを叩く雨粒の音が。
音の様子では、けっこう強い雨。
朝には弱くなっているといいな、そう思いながら再び目を閉じます。
翌朝、雨は弱くなっていて、撤収時にはそれほど濡れずに済みました。
さあ、いよいよ関東ふれあいの道一周の最後の一日です。
それでは、出発しましょう。
霧雨が森を静かに濡らしています。
森の奥は霧が立ち込め、神秘的な雰囲気に。
ぼくは雨の日の山歩きも好き。
こういう幽玄な雰囲気は、晴れの日では味わえませんからね。
そうこうするうちに景信山に到着
景信山には大きな茶屋があります。
普段は大勢の人で賑わいますが、雨の早朝ということもあり、人の姿はありません。
誰もいない・・・
何だか、ホラー映画の場面みたい。
少し強くなり始めた雨音だけが耳元に響く。
見てください、この「禁断の土地」感
もちろん、普段は登山者の笑い声が響くくつろぎの場所ですよ。
雨おどる山道を行く
景信山を後にしたのは7時過ぎ。
次第に雨は強さを増し、この頃には登山道に雨粒が跳ね返るほどに。
水たまりに、あえて突っ込んで歩くのも楽しいぞ。
ウオータースライダーみたいな道もあって面白い。
大人になると、雨と遊ぶことって避けちゃうんですよね。
子供の時は、大雨だと逆に喜んで泥遊びしてたりしたんだけど。
雨の山を歩くのは、そんな時代に戻ったようで楽しい。
時々は、敢えて雨の山を歩いてみるのもオススメですよ、ぜひどうぞ!
この急坂を下ると、小仏峠に到着。
時間は7時25分でした。
そんなことはいざ知らず、峠の隅ではタヌキたちが雨に打たれていました。
ますます激しくなる雨は、タヌキに跳ね返りリズミカルな音を立てます。
タヌキの前には大きな水たまりができ、踊るように水が跳ねていました。
小仏峠をさらに進むと、7時40分に小仏城山に到着。
山頂の天狗像が、しかめっ面で立っていました。
人が来ないので退屈しているようです。
ここにも大きな茶屋がありますが、やはり人の姿はありませんでした。
ここから道は二つに分かれます。
一つはふれあいの道一周の最後のルート「湖のみち」へと続く大垂水峠への道。
もう一つは高尾山へと続く「鳥のみち」。
ぼくの目的はふれあいの道一周なので、ここから大垂水峠へ向かうべきなのですが、ここまで来て高尾山に行かないのも寂しい。
ということで、まずは高尾山へと道を取ります。
そして高尾へ
少し雨足が弱くなり、霧雨のようになってきました。
と同時に、明るさも増してきたようです。
一丁平という場所には、こんな案内板が。
「東海自然歩道」の標識です。
東海自然歩道は、高尾山から大阪の箕面公園に連なる総延長約1700kmのロングトレイルです。
もともと、ぼくがロングトレイルの旅をやってみようと思ったのも、この東海自然歩道のことを知ったからでした。
その時の話はコチラ⇩
なので、いつかは歩いてみたいトレイルです。
ふれあいの道を一周したら、次は東海自然歩道に挑戦してみようか。
そんなことを密かに思いつつ、先へと進む。
一丁平を過ぎ、モミジ平へと続く階段を登ります。
ここは延々と長い階段が続く登りで、ちょっと気持ちが疲れます。
高尾山には8時40に到着しました。
再び雨が強くなってきて、山頂は雨に煙っていました。
人影はほとんどありません。
ここまで人のいない高尾山頂は初めてです。
山頂下の山びこ茶屋も、ひっそりと静まり返っていました。
前回の記事でも書きましたが、友達に連れて行ってもらった初めての山歩きの日も、こんな雨の日でした。
その山歩きがきっかけでトレイルの旅を始めたのだから、関東一周の終わりが雨というのも何やら感慨深いものがあります。
あの日も水たまりに突っ込みながら、子供のように素直に山道を楽しんだのでした。
結局、旅というのは、そういった素朴な喜びや、単純な好奇心に動かされるものなのかもしれません。
雨の日の旅は、そういったストレートな感情を呼び起こしてくれるような気もします。
登山者には人気のない雨の日ですが、ぜひ一度、雨の中を歩いてみませんか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は、とうとう関東一周の完成です。
それでは、また。
(= ´ ω ` )ノ バイバイ!
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ふれあいの道 思い出のネコたち
今週のお題「ねこ」
(写真:子の権現ふもとの「無防備くん」)
どうぞ読者に!⤵
みなさん、こんにちは。
(^ω^)
すでに過ぎてしまいましたが、2月22日はネコの日です。
(ニャー(2) ニャー(2) ニャー(2) だから)
何と今年は、これに加えて令和2(ニャー)年!
西暦なら2020(ニャオニャオ)年!
ということで、ふれあいの道一周がいよいよ最後の旅を迎えているところではありますが、今回はちょっとお休みしてネコの記事を。
実は毎年、ネコの日には旅で出会ったネコの記事を書いているんですね。
これまでのネコ記事はコチラ⤵
今回は、関東ふれあいの道の旅も、もう終わりということで、これまでに出会った印象的なネコたちを振り返ってみます。
忘れられないネコたち
関東を一周していると、何匹ものネコに出会いました。
その中でも、忘れられないネコを紹介しましょう。
まずは、千葉の旅で出会った靴下くん。
彼(?)と出会ったのは、千葉の御宿から九十九里に向かう途中の漁村でした。
迷路のような路地を歩いていると、目の前を一匹のネコが横切ります。
なぜかその足には、カラフルな靴下が。
怪我でもしていたのでしょうか、少し足取りがヒョコヒョコしていました。
それに、もしかしたら目が悪かったのかもしれません。
なにやら、視線が頼りない感じで、辺りを探るような感じで歩いていました。
今も元気にやっているんでしょうか。
もう会うことはないけれど、ぜひたくましく生きていてほしい!
この時の旅はコチラ⤵
次に思い出すのは、筑波連山で出会ったガムクロちゃん。
人気のない筑波連山の採石場で、突然近づいてきた黒ネコ。
人見知りするでもなく、いきなりぼくの脛に頭突きをしてきた。
よく見ると、その顔にはなにやら白いものが。
どうやらガムのようです。
ひどいことをする奴がいるなぁ。
そう思って、ガムを引っ張って外してやりました。
ずいぶん毛を引っ張りましたが、全然嫌がらず、されるがままになっていました。
しかもゴロゴロと喉を鳴らして。
この人懐っこさゆえに、ガムをつけられてしまったのかな。
悪い人に出会わずに、幸せに生きていてほしいな。
この時の旅はコチラ⤵
人懐っこいといえば、この無防備くんも忘れられません。
この無防備くんほど無防備なネコには出会ったことがありません。
無防備くんは埼玉の吾野駅から子の権現に登る道の途中で出会いました。
道の真ん中で横たわっていて、ぼくを見るといきなり近づき、足元で横になる無防備さ。
どうやら、この道を通る登山者にはかなり有名なネコらしく、この話をすると「知ってる!」という人が続出。
汚れっぷりを見ると野良君のようですが、どうか悪い人に出会いませんように。
この時の旅はコチラ⤵
栃木の旅で出会った変顔くんも忘れられないネコです。
足利の織姫神社を経て両崖山を下った浄因寺というお寺の境内で出会いました 。
何だか笑っているような、困っているような、変な顔。
しかし、この顔はたまたまこんな顔の写真が撮れたわけじゃないですよ。
ずっと、こんな顔なんです。
誰もいない寺の境内の真ん中で、こうやって座っていました。
ぼくが近づいて行っても動じるでもなく、なすがまま。
表情もずっと、こんな感じ。
決して美ネコとは言えない風貌でしたが、きっと幸せなんでしょうね。そんな雰囲気がとても伝わってきましたよ。
この時の旅はコチラ⤵
仲良しネコどうし
印象に残るネコは、なにも人懐っこいネコばかりとは限りません。
ネコどうしで仲良くしていても、けっこう印象深い。
その中でも、このノーブル姉妹は一番印象に残っています。
どうです、このそっくり姉妹(?)
しかも、毛並みや振る舞いにノーブルな気品が漂います。
この二匹には、栃木県の野洲大塚駅から新栃木駅に向かう途中で出会いました。
これまでの無防備野郎たちとは違い、警戒心が高く近寄ってきてはくれませんでしたが、離れていても漂う高貴な雰囲気でした。
この時の旅はコチラ⤵
千葉のおせんころがしに近い漁村で見かけたサバ一家も忘れ難い。
実は写真に写っていない子ネコがまだ数匹いたのですが、それも皆同じ柄でした。
どうやら階段のところに座っているのが母ネコらしいのですが、その周りの子ネコたちがどれもお母さんそっくりで、ザ・ファミリーといった感じです。
しかし、お母さんはやはり威厳がある!
この時の旅はコチラ⤵
ネコはどこにでもいる
旅をしていると、おや? と思うところにネコがいたりします。
そう、こんな道ばたにも。
(;゚Д゚) ハッ!
ときには、保護色に自らを隠し。
;つД`) 見えない・・・
あるいは、闇にまぎれて。
Σ(゚Д゚) おおっ!
なので、こんな看板があった時、ネコはすぐそばにいます。
みなさんも、気をつけましょう・・・・
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は再び、ふれあいの道最後の旅に戻りますね。
ではまた。
(*´ω`*) バイバイ
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最後の旅へ 陣馬山ふたたび
(写真:「鳥のみち」陣馬山の山頂)
どうぞ読者に!⤵
みなさん、こんにちは。
ヽ(^o^)丿
「悠久の東京編」も2回の旅を終え、いよいよ最終段階へ。
前回の旅は、御岳山から大岳沢を経て浅間嶺を越えました。
前回の旅はこの4記事です⤵
今回は、前回終了した上川乗バス停から高尾山口駅までの旅。
そして、これで東京の旅は終わりです。
それはつまり、関東ふれあいの道一周の旅の終わりということ。
旅の全体像を見てみましょう。
2014年12月に高尾山口駅を出発して以来、4年9ヶ月。
ついに輪の閉じる日がやってきました。
まさか、この日が来るとは、自分でも信じられない。
嬉しい!
そして、本当に終わってしまうのかという、微かな寂しさ。
ともあれ、旅を続けましょう。
それでは、今回のルートの詳細です。
まずは前回終了した上川乗(かみかわのり)バス停を出発
ここから「富士見のみち」に入ります。
浅間峠(せんげんとうげ)に登り、尾根を東に進んで和田峠へ。
翌日はまず高尾山へ。
「鳥のみち」は高尾山をそのまま下山するルートですが、ぼくは小仏城山に戻り、東京最後のルート「湖のみち」に。
小仏城山からは大垂水峠を越え、三沢峠に向かいます。
三沢峠は神奈川の最初のルート「峰の薬師へのみち」との交点です。
つまり、ここで関東一周が完了!
その後、「湖のみち」の終点となる梅ノ木平バス停を経て、高尾山口駅で終了。
この3ルートを2日かけて歩く最後の旅
それでは、行きましょう!
2019年9月15に出発です。
さあ行こう 最後は仲間と
ぼくはほとんど一人で旅をするのですが、今回は最後の旅ということで、2人の山友、MさんとHさんが付き合ってくれることに。
分水嶺トレイルという山岳縦走大会にも、2回3人でチーム出場した仲です。
これはやっぱり嬉しい!
(*´ω`*) ありがとう友よ
ということで、3人そろって上川乗バス停を9時50分に出発
一人、変なものを履いている男がいますが、気にしないでおきましょう。
(ちなみにぼくではありません)
今日もいい天気、抜けるような青空です。
天気予報は明日にかけて下り坂なのですが、このまま晴れが続くといいな。
まずはゆっくりおしゃべりしながら、舗装道を歩きます。
3人が揃うのは久しぶりなので、自然と話も弾みますね。
10分ほどで、浅間峠への登山道に到着。
ゆるゆると登っていきましょう。
途中、お堂があります。
さらに登っていきます。
植生が対照的で面白い場所がありました。
道を挟んで、人工林と自然林が向かい合ってる。
かたや垂直、かたや地形に合わせて斜めというのも面白いですよね。
そうこうするうちに、浅間峠の東屋が見えてきました。
到着は10時50分。
ここですこし休憩して、今度は生籐山(しょうとうさん)に向かいます。
笹尾根を生籐山へ
浅間峠から生籐山を経て醍醐丸までは、笹尾根と名付けられた尾根道。
笹尾根と言いつつも、樹木に覆われた奥多摩らしい尾根です。
きれいなキノコが生えていました。
見てください、この滑らかさ!
この形状も、自然物とは思えない幾何学性がありますよね。
そろそろ生藤山も近くなった辺りに、軍刀利神社があります。
時計はちょうど12時だし、一休みしたい広さですが、もう少し先へ。
神社を下ると、ちょっと怖い雰囲気の道標がありました。
この道標を三国山の方向へ。
三国山山頂には、テーブルやベンチもあります。
一休みするにはいい場所ですが、ぼくたちはそのまま生籐山へ向かいました。
生籐山までの道は、意外に険しい。
巻き道もありますが、ルートは生藤山山頂となっていて、こんな標識も立っている。
こう書かれては、登るしかない。
よいしょ、よいしょ。
さらに続く、岩の多い急斜面を登ります。
そして、12時40分、生藤山の山頂に到着
まるで、尾根の途中のような、狭くて樹木に覆われた山頂です。
花を咲かせた木々に囲まれていて、落ち着いた雰囲気でした。
醍醐丸から和田峠
生藤山からの下りも、岩がちな細尾根が続きます。
途中、鮮やかな色彩のキノコを見つけました。
今度は黄色です。
小さくて可愛いですね。
急な下りを過ぎると、尾根は再び平坦に変わります。
木々の間から覗く空は明るい。
アップダウンを繰り返し、東へと尾根をどんどん進む。
眺望はないけれど、樹木に囲まれている感じが心地良いです。
奥多摩の尾根は、こんな雰囲気の道が多い。
木々の間から、明るい光が差し込む感じも好き。
生籐山から1時間半ほど歩いたころ、醍醐丸に到着
時間は14時15分でした。
ここも、山頂というよりは尾根道の途中といった感じ。
ここまでくれば、和田峠までは下るだけです。
杉の森の中を下っていくと、40分ほどで和田峠が見えてきます。
和田峠は、車が通れる広い峠です。
駐車場もあるので、ここまで車で来て陣場山に登る人も多い。
峠の脇に、ふれあいの道の大きな案内板がありました。
写真もついていて、なかなか親切な内容です。
さて、喉も乾いたので、茶店で一休みしましょう。
Mさん、Hさんもザックを下ろし一休み。
コーラが冷えていておいしかった!
(*´Д`) プハァ・・・
やっぱり、夏の山はコーラですよね!
陣馬山ふたたび
登山口は茶の脇にあり、どちらを使っても頂上に着く。
左の方が緩そうだったので、迷わず左へ。
予想通り、のんびり道でした。
20分ほど登ると、山頂に到着
時間は15時25分です。
山頂に白くそびえるのは、陣馬山のシンボル、白馬の像!
そそり立ってて立派・・・などど不謹慎なことを言う輩もいますが、鋭角に切り取られたラインが秀逸。
この像を見るのは6~7年ぶりぐらいかな。
当時ぼくは、ロングトレイルどころか山登りもやっておらず、無趣味でした。
子供が小さい時はそれでも、休日は一緒に公園に遊びに行ったりして、特に何も思っていなかったのですが、子供が大きくなると一人で過ごす休日が多くなり、ハタと気付いた。
「もしかして、自分は仕事以外のことは何もない人間なのでは?」
さらにその頃、ぼくは将来のことで岐路に立っていて、悶々とした気持ちを常に抱えていました。
そんな時、小学校以来の友人が高尾~陣馬のハイキングに連れ出してくれたのです。
その日は大雨で、道は川のようになっていて、もう雨をよけるどころじゃない。
お互い、小学生の頃のように水たまりに突進したり、泥遊びをしながら陣馬山に到着。
山頂は激しい雨の水煙に包まれていて、誰一人いませんでした。
初めての山歩き、こんなに遠くまで歩けるもんなんだ。
そう思いながら、この白い馬の像を眺めたことを思い出します。
それが今では、ロングトレイルの旅に出て、関東一周が終わろうとしている。
人は数年でこんなに変わるものかと、改めて驚きます。
今から思えば、あの日の陣馬山が、ロングトレイルの旅の始まりだったのかも。
そんな感慨を秘めて、この白馬の像を眺めたのでした。
開けた山頂からは、雲が遠くまで伸びているのがよく見えます。
世界はこんなにも広がっていて、それを知るのに遅すぎるということはない。
何年かぶりに、再び陣馬の山頂に立ちながら、そんなことを考えていました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は陣馬山から高尾山へと向かう旅のことを書きますね。
次回の旅はコチラ⤵
それでは、また。
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